子供が小1の壁に勝つまでの話。母と息子の葛藤60日間全記録

小1の壁母子の体験

こんにちは。

今日は重たい話をします。

小1の壁はご存知ですか?

実は息子も壁にぶち当たりました。

一学期間、親子で登校する日々を送ったことがあります。

今となっては「こんなことあったな」って思えるけど、当時はかなり深刻で。

出口のない真っ暗なトンネルを息子と2人歩いていたような気がします。

もし、今お子さんが壁にぶつかっているとしたら少しでも参考になれば嬉しいです。

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小1の壁とは

小1の壁の意味

一般的には、子どもの小学校入学が母親の仕事を妨げる壁になることを言います。

保育園や幼稚園のように設備や制度が整っていませんからね。

例えば、放課後預ける場所がなかったり、あっても学童保育の時間が限られていたり、学校の呼び出しに仕事の都合をつけて応じなければならなかったり。

小1とはいえ卒園したばかり、今まで園の先生たちに手厚く見守ってもらっていたのに、極端な話、家で留守番なんてこともあったりするわけです。

さすがにまだ不安だし、怖いし、心配ですよね。

となると保護者側、つまり母親が仕事を調整するしかありません。

フルタイムからパートや時短へ働き方を変えたり、仕事を辞めたり。

これらをひっくるめて小1の壁と呼ばれています。

我が家のケース

小1の壁にぶつかった過去

我が家の場合、壁にぶつかったのは子どもでした。

※わたしはパートで働いていました。

具体的には、入学して運動会後の5月末。

突然、朝から「お腹が痛い」「頭が痛い」と学校に行くのを渋るようになったのです。

最初は何が起きたのか?

風邪?お腹壊した?睡眠不足?

と一時的なものだよ!と言い聞かせて、わたしはそのまま仕事に行きました。

ところが、1週間経っても良くならず、強く訴えるようになったのです。

一体なぜ息子が?

いじめ?病気?それとも仮病?

どうして?なぜ?

母親として否定された気持ちにさえなりました。

育て方が間違っていたのかとも思いました。

突然学校に行けなくなった息子のことを、受け入れられない自分もいました。

周りの子は普通に通っていますからね。

比べちゃいけないとわかってはいるものの。

納得できない自分がいました。

それからは、息子のためにと言いながら、ただ原因を突き止めることばかりに執着していました。

息子の気持ちや感情より、自分が納得することを優先していたのです。

入学前は

小1の壁を体験する入学前

それまではごく普通に幼稚園生活を送ってきました。

息子はどちらかというと外で遊ぶのが大好き。

友達もいたし、とくに体調を崩すこともなく、ちょっと繊細な所はあってもいたって普通の子供です。

その反面、一人っ子ということもあり、わたしは常に息子に目が行きがちでした。

いつも先回して「大丈夫かな?大丈夫かな?」と心配するあまり、必要以上に息子に手を差し出してもきました。(それも原因かなと反省しています)

それでも、転勤で幼稚園を転園したときは大丈夫でした。

なのに、どうして?????

突き詰めれば答えが見つかる。

最悪なスパイラルへと自ら堕ちていったのです。

目の前の息子を受け止めもせずに。

きっかけ

小1の壁のきっかけになった原因

登校を渋るようになったのは運動会の後からでした。

今思えば、入学直後の一年生にとって、5月の運動会は重めのイベントです。

慣れない学校生活、お友達、先生との関係など。

環境の変化に順応しきれないまま、ビッグイベントを迎えるわけですから。

もう少し息子の心に寄り添ってあげればよかったと後悔しています。(こうしなさい!ああしなさい!口うるさかったので)

その上、当時息子は鼻水が頻繁に出ていました。

なのにわたしは、風邪だろうと軽くとらえていました。

近くの小児科を受診して飲み薬を処方すれば治るだろうと思っていました。

ところが・・・・

一向に治る気配はなく、日に日に鼻水は酷くなる一方。

そのまま運動会を迎えてしまったのです。

その日は真夏並みに太陽がギラギラと照り付けていました。

最初からあまり体調が良くなかった息子は、次第に酷い頭痛と熱中症にかかり、運動会途中で医務室に行くまでになっていたのです。

それまで必死に練習してたのに。

最後までやり通したかったのにできなかった。

息子にとっては十分ショックな出来事だったのです。

その後、耳鼻科を受診しました。

そこで「重い蓄膿症」だと判明しました。

炎症が酷く膿が溜まっていると。

ひどい頭痛がしても不思議じゃないと。

「ああ、なんでもっと早く耳鼻科に行かなかったんだろう。」

半分息子の仮病じゃないかと疑っていたんですから。

自分は鬼だと思いました。

情けなくて、申し訳なくて、泣きながら息子に謝ったのを覚えています。

心の傷

小1の壁のきっかけ後副作用

幸いにも、蓄膿症はすぐに治りました。

ですが、副作用が酷かった、体じゃない、心のね。

実際、心の傷はすぐには治りませんでした。

毎朝登校を渋るようになったのです。

今思えば、自信をなくし不安だらけだったんだと理解できます。

ただ、「大丈夫だよ!」と受け止めて安心させてあげれば良かった。

でも、学校以外では元気だったので甘えてるだけだと思っていました(言い訳ですが)

普通に会話をしたり友達と遊ぶのに、夜寝る前になると「明日学校嫌だ」とポツリ。

翌朝決まって「お腹が痛い」「頭が痛い」のどちらかを理由に学校を休みたがります。

再び、仮病かな?と息子を疑うようにもなりました。

本当にダメな母親です。

一番の理解者でいるべきでした。

説得

毎朝息子への説得から始まります。

行かないと余計に辛くなるよとか。

行くまでが辛いだけだよとか。

行ったらあとで良い事があるとか。

とにかく行かせることに必死でした。

もう完全に大人の都合ですよね。

職場の出勤時間や、学校への体裁も気になってましたから。

行かせるために、息子を喜ばせる言葉や、慰める言葉を思いつく限り言いました。

でも、息子は「行かない!」「ムリ!」の連発でした。

ときには怒鳴って無理矢理行かせたりもしました。

でも、息子を追い詰めるだけでした。

誰かに頼る

小1の壁を学校に相談

その頃、完全にわたしも行き詰っていました。

自分の変なプライドのせいで、先生にも言えませんでしたからね。

その結果、体調不良を理由に数日休ませたりもしました。

しばらく休めば気持ちも変わるだろうと期待もあったので。

ところが、息子はどんどん休みがちになるばかり。

このままでは学校に行けなくなる。

変なプライドを捨て、担任の先生に泣きながら相談しました。

結果、わたしが毎回教室まで付き添うことに。

少しずつ息子が「できた!」を味わうことが大切。

そう先生はアドバイスしてくれました。

付き添い登校

小学校へ付き添い登校

初日はムリでした。

逆にプレッシャーだったのでしょう。

息子の言う通りに学校を休ませ、明日からやってみようねと言って終了。

次の日も、やっぱり嫌だと休むことに。

3日目の朝、息子から「行こうかな」と言いだしたので、一緒に歩いて行きました。

5分の道のりを30分以上かけて門まで辿り着きました。

その瞬間、息子の目に薄っすら力が戻った気がしました。

その後は先生のサポートもいただき、何とか教室まで行きました。

最初は2Fの教室のドアまで付き添い。

次の日は、教室より5メートル手前まで。

その次は、2Fの階段上がったところまで。

その次は、1Fの階段上がる前まで。

その次は、下駄箱まで。

こうして1週間後、息子はお友達のグループに交じって集団登校できるようになったのです。

長い長い時間でした。

息子が行けるようになったのは、

  • 周囲のサポートがあったこと(先生)
  • 常に選択肢を作ったこと(行く/行かない)
  • 少しずつステップを踏めたこと(付き添う範囲)
  • できた=自信になったこと
  • わたしが無条件で今の息子を受け入れたこと

この5つかなと思います。

リセット

小1の壁後のリフレッシュ

その後、運よく夏休みに突入。

今までの気持ちをリセットするには良いタイミングでした。

まず、大好きな従弟を誘って旅行の計画から。

日常とかけ離れた場所、できれば自然豊かな所がいいと思いました。

その結果、選んだのが「上高地」でした。

河童橋から往復10キロ近いハイキングコースをひたすら息子と主人と従弟たちと歩きました。

心地よい風の中、気持ちよい汗をかきながら、みんなで歩く。

自分たちと自然しかない場所。

自分の存在を静かに感じさせる場所でした。

いろんな人や刺激、物や関係から遮断された世界。

それが息子にとって何かを入れ替える場所になった気がします。

また、10キロ歩いた経験が自信になったようでした。

夏休みが明けると、息子は復活しました。

小1の壁の乗り越え方

我が家の場合、対処を間違えました。

母親のわたしが息子の変化を受け入れられませんでしたから。

原因を突き詰めることで、かえって事態を悪化させてしまったと思っています。

だから息子はできないことが重なった瞬間、心が折れてしまったのかもしれません。

もっと良い乗り越え方があったとすれば・・・・

すぐに先生や周りにSOSを出して、わたしは「大丈夫だよ」と子どもの気持ちを受け止めれば良かったと思っています。

乗り越え方

  • 子どもを全力で受け止める(意外と難しい^^)
  • 子どもを信じる(これも難しい^^)
  • 子どもに力が戻るまでは子どものペースに合わせる
  • 周りに助けを求める(プライドを捨てて)
  • 場合によってはしばらく仕事を調整する(落ち着くまで)
  • 体の不調は早めに対処する(悪化させない)
  • 少しずつを心がける(一気には辛い)
  • 手を差し伸べ過ぎない(ほどほどに)
  • 休養、リフレッシュする(回復のきっかけに)

人の心はバケツと同じ。

とくに子どもは小さな小さなバケツです。

キャパ以上の水を注げば、当然あふれ出しますよね。

そのあふれ出した水こそが限界を超えた証。

途端に心が折れます。

息子の場合、不安な学校生活に更なるプレッシャー、そこに蓄膿症が重なってあふれ出しました。

「見守る」

親にできるのはこれぐらいです。

それ以上は親の欲望かなと^^;

でも、難しいんですよ、これが!

思わずイロイロ言ったりやったりしちゃうんですよね。

今も、見守るだけ!と戒めながら子供の傍にいます。

小さな自信が自主性に。

自主性が自立に。

それが成長だったり、大人になることなんですよね。

小1の壁を経験して一番変わらなければいけなかったのは私でした(汗)

なんか暗い話になっちゃってすみません。

でも、母親は思い詰めなくて大丈夫。

ニコニコほわーっとしてれば勝手に子どもは力を蓄え、羽を広げます。

だからお母さんは、気負わず、力まず、楽しんでください!

身をもって今回一番伝えたかったことです^^

参考記事:

名古屋市の小学校について現役小学生の母がお伝えします。学区による学力差、給食の実態、部活動の行方など。また修学旅行先や野外活動、委員会活動の内容まで赤裸々に語ります。これから名古屋市に引越しや転勤予定がある方の参考になれば嬉しいです^^
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